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呑んべぇ天国の日本で飲み放題禁止、酒類広告規制の動きも
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170417-00000003-pseven-soci

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「タバコの次は飲酒規制だ」──厚労省内部からそんな声が聞こえてきた。

同省は飲食店や公共の場所での喫煙を全面禁止する受動喫煙防止法案(健康増進法改正案原案)を3月にまとめ、今国会での成立を目指している。

打撃を受ける飲食店や旅館業は反対を訴えているが、厚労省は「屋内全面禁煙は東京五輪に向けた国際公約」として押し切る構えを崩していない。

 その次に狙っているのが酒の販売から飲酒まで制限するアルコール規制なのだ。

日本は世界的に見ても酒の規制が極めて少ない“呑んべぇ天国”だが、「まさか日本に禁酒法の時代が来るわけがない」とタカをくくって花見酒に浮かれていると痛い目を見る。

 国民が例年より遅い桜の開花を待ちわびていた4月1日、厚労省に「アルコール健康障害対策推進室」という部署が新設された。国際的に広がるアルコール規制を日本でも推進するためだ。

 タバコ規制と並んでアルコール規制は世界的な流れ。喫煙禁止の動きが急速に強まったのは、2003年のWHO(国際保健機関)総会で採択された「たばこ規制枠組条約」がきっかけだったが、アルコールについてもWHOは「世界で毎年約330万人が死亡している」として2010年に「アルコールの有害な使用を減らすための世界戦略」を採択した。

 その中で各国が取り組む酒害対策の例として「酒の安売り禁止」「飲食店での飲み放題禁止」「酒類の広告規制」などをあげ、酒の値段の引き上げ(酒税の税率アップ)、公共の場所での販売規制などが推奨されている。

 広告を規制し、高い税率を課して価格を大幅にあげ、段階的に販売を規制していこうというのはまさにタバコ規制と同じやり方だ。


別に酒を飲酒するの禁止という内容ではないが、

飲酒禁止、販売禁止を施行した当時のアメリカがこちらです



禁酒法
http://dic.pixiv.net/a/%E7%A6%81%E9%85%92%E6%B3%95

一部抜粋

酒の醸造、販売、飲用などを禁止する法律。特にアメリカ合衆国で1919年から1933年にかけて全国で施行されていた禁酒法を指す。

禁酒法が成立した後、当局の定めた通り多くの醸造所が酒類の醸造を停止した。

特に大きな影響を受けたと言われるのが当時黎明期にあったアメリカのワイン醸造所で、醸造した酒の販売が禁止されたため多くの醸造所で高品質のぶどうが収穫できる木を家庭醸造用の長持ちはするが品質が低い品種に植え替える、廃業するなどして大打撃を受けた。

またワインに限らずこの法律の失効後に再開した醸造所は半分以下であるという報告もあり、アメリカにおける酒文化そのものに大打撃を与え、多くの技術を失伝させたとも言われる。

上述した通り酒類を堂々と販売することができなくなり、飲酒による悪影響は人々から消え去りより良い社会が実現されるかと思われていたが、実際にはその真逆のことが起こる。

酒が合法的に入手できなくなったことにより、反社会勢力であるギャングたちが酒の密造に乗り出し
密造酒を販売することにより利益を得だしたのである。当然合法ルートでの供給が途絶えた酒は飛ぶように売れ、ギャングたちはそれまでのギャンブルや盗品の売却益の比でない膨大な金を安定的に手に入れることができるようになり、急速に力をつけていった。

ギャングの代名詞として名が上がる事も多いアル・カポネやそのライバル、バグズ・モラン等多くのギャングがカナダやメキシコからの密輸や密造に手を出し、その利益を巡ってギャングどうし、またはそれを取り締まろうとする警察が衝突し多くの死傷者が出た。

(特に警察では500人以上が殉職、巻き込まれた市民や労働者では2000人以上が死亡した)カポネの逸話にはバスタブを利用した密造酒の製造によって富を得た話もある。

酒を禁止することで社会をより良くするという理念の元に執行されたボルステッド法は

・ギャングへの資金の流入、資金を得たギャングの影響力の増加
・ギャングによる警察への脅迫/買収行為の横行。警察組織の腐敗
・莫大な利益を巡る争いの頻発、またそれによる死亡者の増加
・酒類による税収が消滅したことによる資金難(税収は5億ドルにのぼった)
・禁止されたことでかえって酒の消費量が増加し、飲酒運転による事故が増加する
・より強い酒を密造されるようになり、粗製酒による死者が出る場合もあった
・酒類取り締まりに使われる膨大な資金への批判
・市民による法律の軽視、ギャングへの資金提供
・市民による密輸の増加(外国へ旅行し、酒を隠して持ち込む人々の増加)


等、様々な具体的不利益や混乱をもたらしたことで人々に不興を買うようになり、1932年に行われた大統領選挙ではこの法律の撤廃・軽減が争点となり改正(軽減)派であったフランクリン・ルーズベルトが勝利したことにより1933年に軽減、年内に撤廃された。

反社会性力の台頭、それに伴う混乱や事件の増加などをもたらした禁酒法は失敗であったことが半ば社会によって判断されたような形で失効し、アメリカでは酒類の醸造が再開された。


禁酒法か…
施行したら、大荒れしそうな予感しかない(´・ω・`)